酢語録BLOGの人気カテゴリ→診療情報管理士 医療事務 酒びたり

2007年01月17日

阪神淡路大震災と阪神競馬場

忘れられない事がある。

忘れてはならない事がある。。。





阪神淡路大震災から12年。

あの時のことは去年も書いたが、
風化をさせないためにも、忘れないためにも
再び書き残す。



今回は一競馬ファンとしてあの時の事を。


競馬ファンにとってみれば、震災の日とは
名馬・ビワハヤヒデの引退式が行われた日の翌日として記憶に残っている。


震災の翌週に予定されていた京都競馬は中止。
スポーツ紙のトップには「桜花賞開催不可能か?」
そんな文字が躍っていた。

映像に映し出される被災した阪神競馬場の惨状は悲惨だった。

全天候パドックの屋根は大きく傾き、
入場門からパドックへと続く歩道橋は倒壊。
スタンド内も屋根やモニターが落ちていた。
芝コースもダートコースもあちこちに亀裂が入り、
もはや競馬場としての機能を完全に失っていた。


競馬開催が不可能となった阪神競馬場。
しかし、それでも重要な役割を果たしていた。

「避難所」として。

競馬場周辺の家屋が倒壊し、
多くの被災者が阪神競馬場で命を繋いだのだった。



その年の12月・・・
震災から11ヶ月経ってようやく阪神競馬が再開し、
阪神3歳牝馬ステークス(現・阪神JF)で
1年ぶりに仁川の空に
GIのファンファーレが鳴り響いた。

それは阪神地区への応援歌のように聞こえた。






今年は阪神競馬場発祥100周年。




当時、避難場所に使われた厩舎もすべて建て直されて、
震災を物語るものは残っていない。



いつも通りに競馬が行われていることの幸せを感じながら、
あの時のことを思い出してみた。




阪神淡路大震災当日の号外



posted by すだち at 20:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記>日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もう12年たつのですね。今年も同じ時間に目覚め、泣きながらテレビをつけました。

被災地からは遠い神奈川で‥‥。私はその日、めずらしく6時がなる前に目覚め、寝つけずそのままテレビをつけて見ていました。

テレビではなにかあったらしく、あわただしく報道される内容に事態がのみこめず。被災状況を現す数値がどんどん増えていきました。

私には大阪に兄と、姉の家族、そして兵庫に友人が住んでいます。
テレビの画面から目がはなせないまま、安否の確認のため知ってる限りのところに電話をかけて‥‥。皆、無事だった事を確認出来た途端に電話が繋がらなくなりました。

起きぬけの私に、あんな行動がおこせるなんて、しかもすべて繋がるなんて。
私は奇跡だと思ってます。
その友人はいまでも 、私の電話が嬉しかったと言ってくれます。

実際、被災された方の苦しみははかりしれないと思いますが、この日は私にとっても忘れることの出来ない日です。

もう起こって欲しくない出来事です。
Posted by るるな at 2007年01月17日 23:24

☆彡るるなさん

ほんとにね、ニュースを見ていても
なにか悪い夢でも見ているかのような
現実感のない・・・事態が飲み込めないというか
気持ちが現実に追いつかないっていう感じかな。

すごく恐ろしいし、
起こって欲しくはないけれど、
またいつの日か、自然は我々にキバを剥きます。

あの日の教訓を生かして、
いかにして被害を最小限に食い止めるか・・・
そんなことしか出来ないけれど。

だからこそ忘れちゃいけない日なんですよね
Posted by すだち@管理人 at 2007年01月18日 21:56
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック